千円札は1万円札より小さい
2012年01月29日
普段何気なく使っているお札ですが、それぞれサイズが違い千円札が一番小さい事に初めて気づきました。今まではたぶん全部同じサイズだろうという感覚で、意識したことがありませんでした。
封筒に入っているお札を全部取り出して空になったつもりになっていたら、千円札が入ったままになっていました。
取り出して端をそろえようとしたとき、サイズの違いに気づきました。どうやら、端から5mmほどをつまんで全部取り出したつもりになっていたようです。
調べてみたらお札のサイズは、
- 壱万円:76×160mm
- 五千円:76×156mm
- 弐千円:76×154mm
- 千円:76×150mm
参考までに、アメリカ合衆国のドル札はすべて67㎜×156㎜ぐらいの大きさで、ユーロは62mm×120mm~82mm×160mmと額面が上がるとサイズアップしていきます。
日本銀行へのお札リンク
お札の観察
サイズを調べに行った日本銀行のWebサイトで、偽造防止や過去に発券された紙幣や貨幣をなどを知ることが出来ました。
お金の話あれこれでは色々な豆知識があり結構おもしろいです。
これだけ凝っていると所有欲が益々高くなりキッチリとお財布に収めて手垢がつかないよういつも持ち歩きたくなります。
お札を見ながら、内部留保か積極的投資か、先が読みにくい時代になった気がしています。「ねぇ福沢さん、あなた旅立ちたい?それとも休憩してく?」いや鳳凰に話しかけているのか。。。「野口さんは遊びに行きたくて仕方ないって顔をしています。」どこかのCMのサボテンやオウムへの質問のようなことを本気でやりたくなってしまう今日この頃です。
新年のご挨拶
2012年01月01日
明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
当初は毎日更新するつもりで始めたブログですが、去年は1ヶ月に1つの投稿になってしまいました。
今年は、1ヶ月に2つぐらいに増やしていけれたらなと思います。数打つではなく、なにか一つでも役立つ情報であれば発信していけたらと思います。
浜松市
そういえば、浜松は平成23年7月1日に市制100周年を迎えました。って今更かいと、いやいや7月1日に書こうと思っていた過去のネタを今日出すわけで。。。。
少し昔の本が気になって浜松市立図書館で予約を入れたら、昭和27年に登録された本を借りることが出来ました。浜松市の図書館でこんなに古くて貴重な本を借りられるとは思ってもいませんでした。
ふと後ろの蔵書印をみて、昔の「浜松市」は「濱松市」とあり、「図書館」は「圖書館」と書いてあることにちょっと感動しました。

浜松市より濱松市の方がカッコイイ。図書館も圖書館の方が。。。これらは、異体字(いたいもじ)といいます。
当然、本編もこのような旧仮名遣いでかかれており、文体も大和言葉っぽい。去年終わったNHKの坂の上の雲のナレーションをこの様な文章で読み上げたらすごいことになりそうだなぁと思いました。確かビスマルクについて書かれた本だったような気がします。とにかく、著者のビスマルクについての裏付けの調査量が半端なく多いということに驚きました。現代にこれだけ調べ上げて一冊の本を仕上げる人がどれほどいるか。。。しかもシリーズで似たような本が毎月出ていたというからすごい。
そして、時は1980年(昭和55年)12月27日の朝日新聞の切り抜き。まぁ読んでください。文がすごいから。

『ぜいたくとはほど遠い素材で、しみじみとして飽きぬ味を作り出すには、当然細やかな心配りが要求されます。民族の歴史を繁栄している伝承料理が意のままにならぬとじれったがらず、折にふれ繰り返し、作り込んでいただきたいと思います。』。。。いやぁこの時代の人は真面目だなぁ。それに比べて最近の新聞や小説の文体の軽いこと軽いこと。現在のように出来合品で済ませない時代背景がを見ると30年で日本は変わったんだなぁと感じます。
大和言葉?丁寧な言葉を身につけたい物だとしみじみ感じつつ、相変わらずの文体でブログを書くのでありました。
本年も当ブログをどうぞよろしくお願いいたします。
謹賀新年?それとも一陽来復?
2011年12月31日

年賀状の出だしに今年はすごく迷いました。朝日新聞の天声人語に年賀状の四字熟語に悩み、一陽来復を使った方がおおいのようなことが書かれていました。
ヨーロッパでは金融危機があり、今まで日本に開発拠点があった日本の技術は海外にどんどん流出して、東北の地震があり、放射能問題などがあり現在も多くの方が苦しんでいらっしゃる。
さてさて、年頭挨拶をどうすべきか。私個人的には今年はそれほど悪い年ではなかった。日本は終わったと思えた地震後の落ち込みも、悲観していたほどではなく、まだ餓えてはいない。
個人的ではあるが、いわき市の知り合いは震災に遭い、放射能や経営している結婚式場が壊滅状態になり、新しく始めた介護施設を何とか守ろうとしている。そして、「あきらめたらそれで終わり」だからこそ「前よりより前向きに生きられるようになったと。」言い聞かせて生きている。
さて、一陽来復の意味は広辞苑では、
- 陰がきわまって陽がかえってくること。陰暦11月または冬至の称。
- 冬が去り春が来ること。
- 悪い事ばかりあったのがようやく回復して善い方に向いてくること。
とある。どうも、「悪いことばかりあったことがようやく回復して良い方に向かってくること」という意味で使うのだろうが、運任せというか環境任せというか好きになれない。こういう考え方が、強く生きていくことの阻害をしているのではないだろうか?
運任せ、国任せ、他人任せでは、どうも回復に時間がかかり体力がどんどん落ちて立ち上がれなくなってしまいそうな気がする。今のご時世、今まではこうだったから、という考えは全く役に立たない。
物事はコインの裏表のように、一方から見たら悪いことだけど、もう一方から見たら良いことということがある。どんなに最悪のことだって、最大のチャンスにすることが出来る。問題は、良い方向に見ようとすることを諦めること。
苦痛とチャンスはワンペアだから、苦痛を棄てるとチャンスも一緒に棄ててしまうことになる。極端な例は死んでしまうこと。人生はつらく悲しいこと楽しいわけがない。しかし死んでしまってはすべてが終わってしまう。生きていれば味わうことが出来たかもしれない最大の至福の瞬間を逃してしまう。
自分がどんなにどん底にいると思っていても、周りには良いことがいっぱい起こっている。気分が良いときには良いことと思えることも、気分が悪いときには、最悪のことのように感じること。起こっている現象はまったっくおなじ事。見方一つで感じ方が変わる。
どん底を味合わなければ一生気づかないすごいことが必ずそこにある。私の経験則から、どん底にいるときこそ周りをよく見てどん底を味合うべきである。そこには、すごい宝物が転がっている。それを見つけさえすれば、どん底になる前より遙かに強く生きることが出来るようになり、自分の財産になる。それこそが、最大の不幸が最大のチャンスに変わる瞬間である。どん底を味わうとは悪いことも良いこともすべてを含めて状況を受け止めること。
と、いうことで、私の年賀状は、一陽来復ではなく、今回も謹賀新年で新しい年がくることに祝福したいと思います。私にとっても、皆様にとっても、来年もいい年でありますように。






